ぶらりらいぶらり:長崎大学図書館ブログ

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【連載第40回】フクロウ館長イチ推しの本

『一日一生』酒井雄哉著(朝日新書, 2008年)

― 言葉が人を支えてくれる ―

 

この度の能登半島地震により亡くなられた方々に深く哀悼の意を表するとともに、被災された皆さまに心よりお見舞い申し上げます。

 

今日紹介する本と僕の出会いは、東日本大震災の時の福島県南相馬市の避難所でした。僕は医療チームの一員として避難所となった体育館を巡回していました。その頃は、すでに急性期は過ぎて、避難所はある程度落ち着いていました。食料や必需品を運ぶ人以外に、歌や踊りで励ます芸能関係の人や、体力を回復させるための運動を促す人、精神面をフォローする人が入れ替わり立ち代わり来ていました。本を持ってくるボランティア団体もいて、避難所の脇に本棚を作り、絵本や単行本や漫画を並べていました。そのミニ図書館は、僕が座るミニ診療所の横にありましたので、僕も診療の合間に立ち寄ったりしていました。

 

ある時、

「この本、よがったー」と、被災者の女性が土地の言葉で話しかけてきました。

「あぁ…、そうですか…」

 

僕はびっくりして、ドギマギしながら答えました。われわれの医療チームは「お体の調子はどうですか?」、「何か困ったことは?」と被災者の方に声をかけますが、向こうから話しかけられることはほとんどなかったので、驚いたのです。

 

「タイトルがいいんだー」

「そうですね」

 

僕より十くらいは上か、太い指とがっしりとした体格から力仕事をしているのか、1人でいるから家族とは…と思いを巡らしていると、その女性はページの一節を読み始めました。力強い声で、早口でまくし立てるように。

 

「一日が一生、だな。今日失敗したからって、へなへなすることはない、落ち込むこともない、明日はまた新しい人生が生まれてくるじゃない」

 

女性は本をパタンと閉じ、棚に戻し、僕の方を見上げ、ニコリとして「先生も、頑張ってな」。僕の腕をポンとたたき、そのまま体育館の外へ出て行きました。

               

その本、『一日一生』の作者・酒井雄哉は、比叡山天台宗の僧侶です。戦前に困窮家庭に生まれ、太平洋戦争時に予科練へ志願し、特攻隊基地・鹿屋で終戦。戦後、職を転々とするがうまくいかず、妻にも自死されます。縁があり、39歳の時、比叡山で出家。約7年かけて約4万キロを歩く「千日回峰行」を二度も達成しました。千年の歴史を誇る比叡山でも二度の荒行を達成した人はわずか3名だそうです。60歳の最高齢で二度目を達成した作者の言葉は、分かりやすく人々の心にじんわりと広がります。

 

南相馬の避難所でその後、僕はあの女性と出会うことはありませんでした。もちろん水や食べ物や安全な住まいは必要ですが、本が人を励ましてくれる、言葉が人を支えてくれることをあの女性から教えられた気がしています。

 

今年も皆さまが良い本に出会えますように。ホーホホホ~、次回をお楽しみに!

(※以上は2024年1月28日掲載の長崎新聞記事「この本読んでみた!」を再編集したものです)

 

▼所蔵情報

opac.lb.nagasaki-u.ac.jp

 

これまでの書評はこちらから読むことができます。

booklog.jp

 

【黒にゃんこ司書のつぶやき】

こんにゃちは。黒にゃんこ司書です。私は今回本書を初めて読んだのですが、示唆に富んだ文章が心の中にスッと入ってくる語り口で書かれています。私がメモを取ったのはこの一文です。「すぐに分からなくていい。時間がかかってもいいから、自分が実践してみたことや体験してみたことの意味を、大切に考え続けてみるといい」(122ページ)。無気力になりそうな時に、自分を支えてくれる言葉と出会えました。中央図書館では本書の続編も所蔵していますので、みなさんもぜひ読んでみてください。それじゃまたにゃ~♪