ぶらりらいぶらり:長崎大学図書館ブログ

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【連載第13回】フクロウ館長イチ推しの本

『とにもかくにもごはん』

小野寺史宜著(講談社, 2021.8)

 

「食べることに困ったことはなかった。それだけは、親に感謝している」と、ふと彼はそう言った。母親の葬式の後である。彼はスーパーで働き、母親が癌になり、最後は僕の勤めていた病院で亡くなった。父親は高校卒業してすぐに亡くなった。母親が働き、彼は東京の大学を辞めずに卒業した。

 

彼と僕は、もうずいぶん長い付き合いだから言うのだが、そういう殊勝な言葉を言う奴ではない。片親のすねかじりのくせに、何回も浪人や留年をくりかいえし、やっと就職したかと思うと、いきなり辞めて世界一周の旅へ出かけた。ちょうど、有吉弘行電波少年という番組で、世界をヒッチハイクしていたころの話だ。世界一周から帰ると、長崎へ帰り、僕と銅座でよく飲んだ。親に散々迷惑をかけたおかげで、様々な経験をした彼の話は面白い。世界の歴史の話、人種の話、政治経済の話、芸術。特にスポーツの解説はプロ級である。つまり、どこにでもいる市井の無名の論客であり、同じく無名の物書きの僕と話が合う。

 

そんな彼が、両親を亡くし、ひとりになったときに言った言葉が、

「食べることに困ったことはなかった。それだけは、親に感謝している」。

聞いているこっちは

「それでだけじゃないだろう! お母さんがどれだけ、お前を心配したか、人知れず何度涙を流したのか、知ってるのか!」

と、店のテーブルでもひっくり返そうかと思ったが…。そんなことは、親戚や知人から散々言われているに違いない。飲み友達の僕としては、彼の好きなバーボンの水割りをもう一杯頼んで、「なんで?」と聞き返しただけだ。彼は答えた。

 

「だって、〝ごはんを食べることができる〟上に、すべてのことが成り立つからさ。俺たちの好きなラグビーやサッカーだって、その上に成り立つ。勉強が好きだの嫌いだの学校や、わくわくドキドキの恋愛や、感動する映画や歌も、〝ごはん〟の上に成り立つ」

 

何気なく言った彼の言葉は、〝ごはんを食べることができる〟ことを無意識に過ごしてきた僕にとっては、名言となった。

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『とにもかくにもごはん』は、こども食堂の話である。

そこで働く人、そこに来るこども、大人の人間模様である。もう、その設定だけでも本好きのあなたは、展開されるストーリーが想像できるであろう。たぶん、そのとおりの展開である。切ない、だけど、ほっこりする。

 

2015年、日本のこどもの、6人にひとりが貧困家庭で、食べ物に困っているという報道があった。

日本の子ども、6人に1人が「貧困」 | NEWS WATCHER | 朝日中高生新聞 | 朝日学生新聞社 ジュニア朝日

 

多くの大人(特に昭和生まれの人たち)は、衝撃をもって受け止めたと思う。

自分には、自分たちには、何ができるのだろうか…。わずかばかりの街頭募金で罪悪感を免れたつもりになっている自分は、それでいいのだろうか。そんなことを今更ながら感じさせる本でもあるのだが、それを上回る何かを感じさせてくれる小説だ。

 

小野寺史宜の本には、悪い人は出てこない。どこにでもいそうなフツーの人を登場させて、ありそうでないような物語を創造する書き手だ。書店員に好まれる本だとも言える。「うまくて、泣けて、たちまち3刷!」と本の帯にあるが、僕もそう思う。

 

ホーホーホー♪次回をお楽しみに♪ フクロウ館長より

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▼所蔵情報

opac.lb.nagasaki-u.ac.jp

 

【黒にゃんこ司書のつぶやき】

こんにゃちは!黒猫司書です。何よりタイトルがとてもいい今回の本、私も常々食事と睡眠さえちゃんとできれば何とかなると考えてます。私たちの身体は全部食べたものからできている、その当たり前のことを忘れないで!と、不規則な食生活になりがちの方には特にお伝えしたいです。年を重ねると、十年前に食べたものがボディブローのように効いてきます。脅しじゃないですよ・・・そこの学生さん。それじゃまたにゃ~♪