気持ちのよい季節となった。外を歩くと気持ちいい。今日紹介する本は、恩田陸の『夜のピクニック』。高校生の強歩大会を描いた青春小説だ。この本を読むと、16歳の僕自身の体験が蘇る。
高校1年生の僕達は歩いていた。固い蕾をつけた桜並木を下り、ダムの脇道から山の中へ入ってゆく。
「俺たち何処にいくと?」
「知らん。初めてやもん」
強歩大会は、冬の終わり、春の初めに行われる高校の伝統行事。朝早く学校を出て、日が沈む頃に学校に戻ってくるらしい。それくらいの情報量しか持っていない僕と友達2人だったが、先を急いでいた。
「決して、順番を競うものではありません。安全に…」
と担任の先生は言うが、スポーツ刈りの三人組は、
「一番、取るバイ!」
と走り出した。同じ帽子とジャージを着た同級生のだらだらと続く集団の隙間をぬい、小走りに進む。剪定されたミカン畑、農家の庭先の梅の花、風はまだ冷たい。
「なかなか追いつかんバイ」
3年生は卒業してもういない。2年1組からスタートして、僕らは1年9組。野球部、応援団、ラグビー部の健脚三人組だったがなかなか先頭にたどりつけない。
「きつか~。休もうで~」
坂道の石段に腰かけて水筒を開ける。下から軽トラがエンジンをふかしながら登ってくる。
「お先に~~!」
「がんばれよ~(笑)」
荷台に乗った悪ガキ同級生達が手を振った。
「反則やっか! 降りろ!」
僕たちは追いかけて水筒の水をかけるが、エンジン音は遠のく。その時、気落ちした僕らの背中に、
「お疲れ。一年生なのにこんなに前を歩いているのね」
と、声がかかる。部の先輩の美人マネージャー。
「あっ、はい…」
「君たち、がんばってね」
帽子を取り敬礼して、再びダッシュで走りだす。どこが折り返し地点かも知らずに。地図も持たず、もちろんスマホもGPSもない。多少の焦りと漠然とした不安を抱きながら、皆で歩く。ひたすら歩く強歩大会。
『夜のピクニック』は、2005年本屋大賞受賞作。「永遠の青春小説」と評され、映画や舞台になっている。その後、恩田陸は数々の名作を出し直木賞を受賞するが、僕的には本書が一押しだ。単純に、皆で歩く姿を淡々と描いているのだが、物語の完成度が高く、圧倒的な多幸感を感じさせてくれる。
さて、高校生の僕たちのその後は? 山道に迷い、だけど最後まで走り切り、一番先に学校に戻ってきた…と記憶しているが、怪しい(笑)。
僕の遠い昔の経験だが、この本を読むと「俺たち、まだまだ青春、これからも皆で歩いて行こう!」と、元気がでてきた。今日は友達を誘って、お弁当を持って出かけてみるか。ホ~ホッホホ!次回をお楽しみに。
<長崎新聞連載記事「この本読んでみた!」3月28日掲載分を改訂>
▼所蔵情報
これまでの書評はこちらから読むことができます。
▼崎長ライト(長崎大学図書館長)の "この本読んでみた!"
【黒にゃんこ司書のつぶやき】
こんにゃちは。「夜を徹して80kmを歩く、高校生活の一大イベント」という設定だけで、丼飯3杯はいける(気がする)黒にゃんこ司書です。私も高校時代に長距離を歩いた経験がありますが、それでも20キロかそこらだったと思います。80キロて・・・ムリ・・・想像を絶します。今もし何かの罰で80キロ歩けと言われたら、2週間は寝込みますね。それではまたにゃ~♪