ぶらりらいぶらり:長崎大学図書館ブログ

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【連載第9回】フクロウ館長イチ推しの本

『本心』

平野啓一郎著 (文藝春秋, 2021.5)

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この世界は、実は偽物で、明日目覚めると本当の世界が始まる…、と僕は子供のころよくそんなことを考えていた。サッカーボール蹴って学校の窓ガラスを割ったり、漢字テストが散々だったり、好きな女の子と別のクラスになったり…、そんな時に、ここは仮の世界だから大丈夫、本当の世界は別のところにある、と。

 

10代の頃の僕は、現実と仮想を混線させていた。無意識に、あるいは意識的に。

野球盤ゲームで巨人戦の130試合を現実のスケジュール通りにやったり、学校帰りに大ブームとなったインベーダーゲームの実写版をやったりした。村上龍の小説デビュー作『限りなく透明に近いブルー』を読んで、現実が小説になるのか、小説が現実なのか…と、混乱した。

 

医学生の頃は、免疫学の授業では、人体という仮想現実の中で、外から侵入するウイルスと体の中で作られる抗体が、武器を持って戦闘していることを空想しながら眠りに落ちていった。

 

医者になって、重症患者さんを持たされることが多かった。最初の数年で、20名を超す患者さんを看取った。自分の力量のなさを悔い、本当にこれでよかったのかと自問自答し、人は亡くなったあとはどうなるのだろうと、想像した。亡くなった人は、病室で天井の隅から涙する家族をみてくれるに違いないと思ったりもした。

 

『本心』は、今から20年先の世界を描いている。

SFではない。電子化が発達し、バーチャルリアリティーの技術が日常生活に入り込んだ世界で、現実と仮想が曖昧になってゆく。生と死の境も曖昧になってゆく。

 

<これは、あるな、そうなるよな>と、いちいち頷くような現実性の高いストーリー展開であるのだが、いつのまにか仮想の世界に入っている気もする。未来、生死、母子、選択と自由、格差…、2022年に横たわる問題が、20年後にはどうなっているかを予感させてくれる。

 

力量のある作家が書いた、読み応えがある本だ。

作者、平野啓一郎は、京都大学の学生の時に芥川賞を取った天才作家。でも、初期の作品は、僕にとってかなり難しくてさっぱりわからなかった(笑)。2016年の『マチネの終わり』は、面白かった。天才作家が、年齢を重ねフツーの人に向けて書くようになったんだ~と思ったら、やっぱりベストセラーになり映画化もされた。郷土の☆、福山雅治様主演だった。

2018年の『ある男』もよかった。最近の平野啓一郎は、いい。

個人的には、『マチネの終わり』<『ある男』<<<『本心』と、いう感じである。

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今年も面白い本を紹介しますよ~。ホーホーホー♪次回をお楽しみに♪

フクロウ館長より

 

▼所蔵情報

【黒にゃんこ司書のつぶやき】

こんにゃちは!黒にゃんこ司書です。先生に怒られている最中、ここではないどこかに意識を飛ばすフクロウ少年。小学生の男の子で人の話を聞いていない子は、こういう空想の世界にいたのか!と腑に落ちました。20年後私たちがどんな世界を生きているのかなんて想像もつかないですが、少なくとも傘はもうちょっと便利になっててほしいと、雨の降りそうな日に思います。ミニマムな話になってスミマセン。それじゃまたにゃ~♪