『第55回日本医学教育学会大会予稿集』
~ 2023年、『夏の来崎』物語 ~
2023年の夏、フクロウ館長の後輩が、来崎した。
長崎に来ることを「来崎」と言うらしい。フクロウ館長の後輩は、いつも図書館の森に住んでいる女性医者・袋ナツコと言う。彼女は忙しくて、なかなか館長の誘いに応えることができなかったが、思い切って来崎した。
開通したばかりの新幹線「かもめ」に乗って、ナツコは長崎駅に着いた。
ホームに降りると、優しい風がナツコの短い髪を揺らし、フクロウの羽根のワンピースの裾がふわりと舞った。丸い眼鏡の奥から見える、久しぶりの長崎。小学校の修学旅行以来だろうか。ずいぶん変わった感じがする長崎。なんかワクワクする。ナツコが来崎した目的は、「第55回 医学教育学会大会」へ参加するためである。
学会場は、駅から直結している。真夏の日差しが苦手なわたしにとっては、ありがたい。スーツケースを引いて、歩いてゆく。
「へ~、新しくて大きな会場」
その名も、出島メッセ。長崎らしい。
突然、誰かが肩をたたく。振り向く。
「ホ~ホッホホ~、久しぶり、ナツコ、元気?」
「フクロウ館長! お久しぶりです!」
館長とナツコは、市民合唱団に所属していて、館長が指揮者兼バスで、ナツコがソプラノで歌っていたことがあった。おしゃれなポスターと共に、大きな看板があった。
『第55回 医学教育学会大会 医療者教育の光と影、そして、未来へ』
ロビーに入ると、あちこちで、「お久しぶり、何年ぶり?」、「コロナの前だから~」の挨拶や、固く握手をして、ハグしあう光景が目に入ってきた。なるほど、みんな、会いたかったんだな。無理もない。もうあれから3年ですものね。ナツコは荷物を預け、館長の案内で出島メッセの屋上に行った。ひろびろとした屋上。周りは山に囲まれて、斜面に家々が並んでいる。空が高くて青い。あっ、すぐそばに、海。港から潮の香のする風が吹いていた。
「あ~、気持ちいい!」と、思わず声を出してしまった。
「気持ちいいね~。世界遺産が見えるよ、ホ~ホッホ」 館長が言う。
「え~、本当ですか」とナツコは、医学教育学会の予稿集を丸めて覗いてみた。
館長が説明する。この街には、グラバー邸、大浦天主堂、ソロバンドック、ジャイアントカンチレバークレーンなどの世界遺産があり、会場の近くの桟橋から船に乗れば人気の軍艦島(世界遺産)にも気軽に行けるらしい。学会が終わったら行ってみるか。いや、ちょっと早めに抜けて、思いきって五島の世界遺産の教会群を見てもいいか。ハウステンボスも昔とずいぶん変わったみたいだから、ここも捨てがたい。不真面目なナツコは、そんなことばかり考えていたのだが…。でも、なぜ、医師でもないフクロウ館長がこの学会に来たのだろうか?
「今年はシーボルトが来崎して200周年でね。それに、西洋医学教育は長崎から始まったからね。医学教育学会の特別講演に呼ばれたんだよ、ホ~ホッホホ! おっ、いかんいかん、そろそろ講演の時間じゃ~~ホ~ホッホホ。講演終わったら、ナツコ、図書館案内するからね。駅で待ってて」
「は~~~い!」
館長は急いで大ホールへ向かった。ナツコも急いで会場へ向かった。
「お~~、満席じゃん!」
ナツコは後ろの方の立見席に行こうとすると、イケメンのスーツ姿の男性が
「よかったら、座らんですか? ここに」
と、彼の横の荷物を膝の上に移して、席を譲ってくれた。
「友達の来るはずやったばってん、他のセッションば聞きよるけん、座らんね」
と、たぶん長崎の言葉で、ナツコを座らせた。ちょっと、ドキドキ。
「ようこそ! 長崎へ ホ~ホホ~」
館長の講演が始まった。ナツコは予稿集を開いて、館長のセッションのページにメモをしていった。
約450年前、ポルトガル船がやってきて、一漁村から貿易都市へ発展した長崎。
◎1567年、ルイス・デ・アルメイダ来崎
病を癒し、心を癒す、外科医であり修道士。南蛮医学の開祖。
◎1823年、シーボルト来崎
鳴滝塾を開き、全国から150名を超える俊秀が集まった。眼科手術などを行う。
◎1843年、モーニッケ来崎
聴診器導入。天然痘に対して、牛痘種痘導入。近代西洋医学がはじまる。
◎1857年、江戸末期、オランダ人軍医のポンペ来崎
ポンペが伝えた言葉。「医師は、自分自身のものでなく、病める人のものである」
言葉だけでなく、日本で最初の西洋式教育病院を設立し、貧富の差なく、人種の差なく、医療を行った実践の歴史。患者中心の医療と医療者のプロフェショナリズムを学び、多くの若者が巣立って行った。
◎松本良順(長崎大学医学部の創立者、近代西洋医学を江戸へ。戊辰戦争を経て、初代陸軍軍医総監)、佐藤尚中(東京大学医学部前身の大学東校取締)、長与専斎(内務省初代衛生局長)、相良知安(ドイツ医学を導入、初代医務局長)ら多くの若者が長崎で学んだ。
講演が終わると、万雷の拍手が起こり、館長は細い目を大きくして、ニコニコしていた。成功してよかった。
「意外と面白かったバイ。オイは長崎のモンばってん、知らんことの多かった」
と、イケメン君はナツコに話しかけた。
「ええ、勉強になりました」
「あんた、どこから来たと?」
「えっ、私ですか、フクロウの森から」
イケメン君は、すこし首をかしげて、チラシを渡してくれた。
「今日、懇親会の終わったら2次会が、思案橋であるとさ。来んね?飲もうで」
何? ナンパ? えっ、なんかの勧誘? でもでも、この浅黒い肌の色とちょうどいい感じの背の高さと綺麗で透き通った声は、間違いなく、タイプ。速攻で答えた。
「いっ、行きます。絶対、行きます。館長の誘い断っても行きます…」
ものごとのすべてに光と影、陰と陽があると思う。
しかし、影があるから光があり、光があるから影がある。医学教育もしかり、長崎の街もしかり。夕暮れ、斜面に立つひとつひとつの家に光が灯りだし、夜が深まり漆黒の空に無数の光が輝く。山の稜線の向こうには、星が輝きはじめる。クレーンのライトは幻想的に夜空に光の帯を放つ。光と影のおりなす長崎。ナツコは、路面電車で思案橋に向かう。夜は、フクロウの味方。夜になると、ナツコは輝く。2023年の夏。いろんな出会いの予感がする、わたしの「来崎」。
「楽しもう、医学教育学会。ときめこう、長崎」
袋ナツコの来崎物語は、ここから始まる。
「やばっ~~~、フクロウ館長との待ち合わせ忘れていた!どうしよう~~~」
と言いながらも、ナツコの脳裏にはイケメン君しかありませんでした(笑)。
ホ~ホッホッホ!次回をお楽しみに。
『第55回日本医学教育学会大会予稿集』は、雑誌「医学教育」54巻1号補冊にあたり、医学分館に所蔵しています。↓↓所蔵情報はこちら
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【黒にゃんこ司書のつぶやき】
こんにゃちは。黒にゃんこ司書です。後輩のナツコさんが登場し、フクロウ館長の妄想全開 でしたね。学会の大会準備で頭使い過ぎて、きっと妄想することでストレス発散してるんでしょう・・・ちょっと心配。ちなみに私のストレス解消法は、同居猫の写真を自分の猫顕示欲全開インスタにアップすることです。みなさん、たまには全開で行きましょう!それじゃ、またにゃ~♪