ぶらりらいぶらり:長崎大学図書館ブログ

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【連載第29回】フクロウ館長イチ推しの本

『複雑化の教育論』

内田樹著(東洋館出版社, 2022.1)

こんなこと書いたら、お上から怒られると思うが、「教育カリキュラム」とか「教育プログラム」とか「教育シラバス」とか「教育マニュアル」の作成に時間をかけるのは、無駄だと思う。

 

僕は、教育学部の博士号を持ち、医学教育専門家であり、他の人より教育について何倍も勉強し、カリキュラムやプログラムを作るのを専門としてきたが、そう思う。

 

なぜか? それは、教育は複雑であり、人を育てるのは、工場で物を組みたててゆくのと異なるからだ。机上で、重箱の隅をつつくようなマニュアル作成に時間をかけるのは、無駄だ。でも、現在の学校の先生は、この書類の作成に膨大な時間を費やしている。今年の計画書の検証、来年の計画書の作成、あらたなマニュアルの作成……、膨大な時間を書類仕事に費やす。

 

大学の教員は、シラバスという講義などの内容や進め方を示す計画書を、詳細に毎年作らなければならない。これは、学生への契約書みたいなものということになっているのだから、義務であるわけだが…。忙殺される先生達。

 

病院でも同じことがある。定期的に、公的な査察、**評価や△×評価という第三者機関の評価があり、その度に数か月にわたり書類仕事に追われる。必ず職員教育についても厳しいチェックがあり、僕らは書類の山に囲まれる。これら法律に基づく査察は、大事なことであるのは当然だ。しかし最近は、やたらに**評価というのが多くなり、異なる機関からほとんど同じことを毎回聞かれるわけだが、微妙に聞かれることが異なり、そのたびに準備が必要となる。マニュアルやプログラムの改訂をその度にやるのだが……(半分以上、愚痴ですみません)。

 

これは半分以上自慢話だが、はるか昔、僕は、中学生のための苦手克服科目プログラムや高校生のためのセンター試験英語8割獲得プログラムなどを作って、学習塾を経営していた。そのプログラムはとても良く機能し、塾はまあまあ繁盛していた。

 

医者になってからは、新人研修医の2年間のプログラムから、3か月の内科研修プログラム、1日だけの在宅研修マニュアル、外来研修、指導者養成の講習会プログラム、時には薬剤師のフィジカルアセスメント研修プログラム、新人看護師と研修医の合同研修プログラム等々を作ってきた。これもまあまあ機能し、研修医が沢山来たり、それが本になったりした。

 

だから、教育の目標を決めたり、時間的な管理をする道程表を作ったり、評価をどうするかを考えたりすることは無駄ではないし、教育をする人は、プログラムの作り方を学ぶべきであろう。しかし、お上に提出するためとか、査察のためとか、評価のためでなく、本当に教育に役に立つために作るなら、僕は「だいたい」でいいと思う。

 

なぜならば、新型コロナウイルが蔓延した時、旧来のマニュアルのほとんどが吹っ飛んだ。役に立たなくなった。生徒がメンタル的に病んでしまうと、マニュアルの変更は必須だろうし、スーパー優秀な学生が出てくると既存のプログラムでは対応はできまい。ジェンダーの問題や多様性の問題が起こる社会で、いちいち細かい教育マニュアルを作るのか? ナンセンスである。

 

内田樹氏は、本書(p.37)で述べている。

 

◎成熟するとは、「一筋縄では捉えられない人間」になること。

◎成熟とは複雑化すること。教育の成果とは別人になること。

◎成長するということは、変化し、複雑化すること。

 

僕は思う。マニュアルやシラバスで、単一方向の成果を求めても、それが教育の成果とは言えないだろう。教育を受けた側の人間は、時に予想もしない変化を起こし、異なる人間になってゆく。その方向性は、教育する側にもあるいは本人にも決められない側面がある。

 

だから、プログラム作成に時間をかけるのは無駄だ。その時間を、先生は生徒や学生と一緒に過ごすべきだと思う。人間は、教育マニュアルで作られる製品ではないと、僕は思う。この本を読んで、そのことを再確認した。ホッホホ~~~次回をお楽しみに。

 

 

▼所蔵情報 

 opac.lb.nagasaki-u.ac.jp

 

これまでの書評は、こちらでもまとめて読むことができます。

booklog.jp

 

【黒にゃんこ司書のつぶやき】

こんにゃちは。今回は長年教育現場に携わってきただけある、フクロウ館長の含蓄のあるお話しでした。まだ私が若手職員だった頃、当時の上司に「業務マニュアルはバカでもわかるように書け」と教わりました。当時は口悪~と思いましたが、要は非常時に誰でも代わりができる体制をつくるリスク管理なんですね。「教育」という、人を育てる分野のマニュアルが、日々変化する社会状況に対応するためにどのような苦労があるのか、一端を垣間見れた気がします。それではまたにゃ~♪