今日のブログは、7月4日に投稿した「戦争の記憶を受け継ぐ」の第2回です。
展示『GHQ焚書』についてお伝えした第1回(7/4)のブログは末尾のリンクよりご覧ください。
明日は8月9日。長崎に原爆が投下された「あの日」から80年となります。
被爆者・被爆体験者の高齢化が進み、「あの日」の体験を語ることのできる人は年々少なくなっています。しかしなかには、「手記」という形で原爆投下後の長崎を生き抜いた体験を残してくださった方たちがいます。
今日は、経済学部分館が所蔵する手記(体験集)を2冊ご紹介します。
1冊目は、展示『GHQ焚書と原爆の記憶』の一部として1階ホールで展示中の『原子雲の青春』です。


この本は経済学部の前身である「長崎工業経済専門学校」(昭和19年4月から長崎経済専門学校に併設)に昭和20年4月に入学した方たちが、経済学部創立90周年の年(平成7年)に有志の方の呼びかけによって被爆体験集をまとめたものです。
入学後(入学式もないまま)学徒動員によって労働に従事させられていた大橋や茂里町にあった三菱の工場で被爆した方が多かったようです。被爆直後の長崎市中の想像を絶する悲惨な状況や、それぞれの被爆体験が綴られています。
また、もう1冊は『閃光の影で:原爆被爆者救護赤十字看護婦の手記』です。
この本は、長崎で7月25日から上映(全国上映は8月1日から)されている映画『長崎-閃光の影で-』の原案となった本です。

当時長崎市新橋町(現・諏訪町)にあった日赤長崎県支部長崎診療所には、被爆直後から多くの被爆者が治療を求めて押し寄せました。また、8月14日には比較的被害の少なかった西山町の長崎経済専門学校(現・経済学部)に日赤被爆者救護所(仮編成第二一六兵站病院)が置かれました。
講堂、教室、図書閲覧室など学校中のいたるところに傷ついた人たちが横たえられ、看護婦の方たちは連日献身的な看護にあたられました。しかし十分な設備も薬もないなか、治療も看護もむなしくたくさんの方がこの場所で亡くなられました。
この本は原爆から35周年の節目の年に、二度とこのような悲しくつらい看護をすることがないようにとの祈りを込めて、看護婦・看護学生だった方たちがその時の体験をまとめられたものです。
この2冊に綴られている記憶は、直接その惨状を目にし、生き抜いてきた人にしか話せないものばかりです。思いだすのもつらい記憶をたどり文字に書き移すことだけでも、深い悲しみや苦しみを伴ったことでしょう。
しかし、手記を残された人たちは、この経験を後世の人になんとかして伝えなければならないという思いで、本という形で残してくださったのです。
いつか記憶を語ることのできる人がいなくなっても、私たちはこれらの本とそのなかに遺された思いを受け継いでいかなければならないと思います。
『原子雲の青春』は8月31日まで1階ホールで展示しています。
『閃光の影で』は経済学部分館2階「郷土」コーナーに所蔵されています。(禁帯出のため貸出はできません。)
より多くの方に読んでいただけることを願っています。
Rig
「戦争の記憶を受け継ぐ(1)【経済学部分館展示】」はこちら。