ぶらりらいぶらり:長崎大学図書館ブログ

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【連載第25回】フクロウ館長イチ推しの本

『八月の母』早見和真著 (KADOKAWA, 2022.4)

恐る恐る畳の上に、右足を置く。次に、左足の置き場を探す。ペットボトル、空き缶、テッシュ箱、Tシャツ、靴下、下着…。黒い鞄、赤いショルダーバック、段ボールに、脚立。左足をわずかな隙間に置いて、声を出す。「こんにちは。訪問診療に来ました。調子はどうですか…」

 

僕は先輩のクリニックで、訪問診療の手伝いをしている。もう15年にもなるのだが、いろんな患者さんに出会った。そのひとりは、いわゆるゴミ屋敷に住んでいた。

 

「どうですか、調子は?」

「いっちょん変わらん。動くときつかね~」

 

呼吸不全があり、在宅酸素を導入したのだが、あまり酸素を吸ってくれない。

 

「ごはんは食べましたか?」

「食べた…」

 

いつも小袋に入ったバームクーヘンのお菓子とヤクルトを飲む。ヘルパーさんを導入して食事をさせるようにしたが、何度も喧嘩してヘルパーさんをクビにする。

 

「息子さんは来ましたか?」

「来るわけなかろう! 金の無心ばかりして」

 

息子が金を盗んだと警察に電話したこともあった。認知障害が入っているので真実はわからないのだが、家族関係はうまくいってなくひとり暮らしだ。数々の問題(?)があるのだが、正直僕がやっている医療なんて根本解決にならないと痛感している。ケアマネも主治医も訪問看護師も、無力感を感じながらも、もう何年もできる範囲でできることをやろうとしていたが、なかなか………。

状況を抜け出せなかった、それが現実であった。このような方は僕が知っているだけでもそれなりの人数がいるようで、それぞれの置かれている事情は深い。

 

じゃあお金の問題、つまり貧困が解決すれば、すんなりと普通の暮らし(?)ができるかというと、そうでもなさそうである。お金の問題は大きいのだが、そこには複雑な人間関係と込み入った感情がある。人間の業とでも言おうか。

 

『八月の母』は、そんな人間の業というか、本質の部分を描いた小説である。

 

サスペンス的な要素も含んだ、連綿と続く(祖母、母、子ども)女性の物語である。四国の実際の小さな町を舞台に繰り広げる貧困、男女の愛憎、母子関係、地方の問題などなどのリアルなストーリーなのだが、美しい瀬戸内海を鳥肌が立つほど不気味に描いているのが凄い。まったく読んでいる時は爽やかな気持ちにならない。主人公にも感情移入できない。同感もできない。しかし、読み始めると止まらない。なぜだろう。おそらく、何かの拍子で誰もがたどる可能性のある人生だからであろう。誰もが、そういう業を持っているのかもしれない。読んで損のない、早見和真の代表作になるようないい作品である。ホッホホ~♪ 次回をお楽しみに。

 

 

▼所蔵情報

opac.lb.nagasaki-u.ac.jp

 

【黒にゃんこ司書のつぶやき】

こんにゃちは。黒にゃんこ司書です。図書館裏手の放送大学棟に、黄色い彼岸花が一輪だけ咲いていました。赤や白ほどには見かけない珍しさから水仙かとも思いましたが、「ショウキズイセン」と呼ばれるヒガンバナ科の花のようです。ちなみに漫画『鬼滅の刃』で出てきた「青い彼岸花」は、やはり実際には存在しないようですが、見てみたいな~。それじゃまたにゃ~♪