面白い文章を書ける作家はたくさんいますが、
読んだだけで「○○さんの文章だ!」と分かることのできる作家は多くいません。
今回紹介する作家、恩田陸はその数少ない作家の一人です。
恩田陸の文章の特徴はまさに幻想的。
どこかフワフワとしていながらも、音や色が鮮やかに浮かび上がってくる、
魔法のような文章を書いてくれます。
また、作品となる舞台も、孤立した学園、誰もいない宿舎、夜行列車、
遺跡など非日常な場所で、文章と相まって、
まさに作品全体が「一つの魔法」のような感覚を受けるはずです。
「夜のピクニック」新潮社 2004年
1日をかけて80㎞の距離を歩き通す、北高の伝統行事「歩行祭」。
その高校生活最後の行事に参加した高校3年生の主人公たちが、
ただひたすら歩きながら、秘めていた思いや感情をさらけ出し、
間にある根深い溝や悩みをさらさらと解決していく青春小説です。
「睡眠というのは、猫のようなものだ。試験の前など呼ばない時にやってきて、
目が覚めた時に呆然とする。待っているといつまでも来てくれなくて、いらいらと心を焦がす。」(同上 p.25)
この文章は、主人公・貴子が、前日眠れなかったことを回想するシーン。
その貴子が、朝昼夜と歩き通したのち、まだ14kmという距離を残しながら、
昇ってくる朝日を見るシーンでは、
「太陽は偉大だ。たった一つで世界をこんなにも明るくする。
ゆっくりと昇ってくる太陽は卵の黄身に似ていたが、
貴子の頭の中も、同様にどろりとした卵の黄身状態である。」(同上 p.234)
こんな的を射た表現を残しています。
歩行祭という過酷な行事の疲労感も味わえますが、
参加する高校生たちの特別な時間のきらめきが感じられるのも
「夜のピクニック」の醍醐味です。
他にも直木賞&本屋大賞をW受賞した、
音楽をめぐる人々を鮮やかな筆致で書いた「蜜蜂と遠雷」、一組の男女が
アパートの一室で繰り広げる濃密な心理サスペンス「木洩れ日に泳ぐ魚」等々、
おすすめは尽きません。
「木漏れ日に泳ぐ魚」文春文庫 2010年
冬の夜長に、恩田陸の世界を堪能してみませんか。
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